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AI創薬の現在地:抗菌薬探索とゲノム解析の進展

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POINT

  • ペンシルベニア大学のCésar de la Fuente研究室は、CodexとChatGPTを使い、現生・絶滅した生物のゲノムから薬剤耐性感染症に効く抗菌薬候補を探索している
  • Google DeepMindは、ヒトゲノムで起こりうる約90億個の一塩基変異の影響を予測した「AlphaGenome Atlas」を公開し、希少疾患の原因変異特定に活用され始めている
  • この記事を読むと、AI創薬が「化合物探索」と「遺伝子解析」の両輪で進んでいる現状と、治療選択肢の広がりに伴う個人情報の扱いという次の論点がわかる

薬剤耐性菌との闘いに、AIはどう役立つのか?

抗生物質が効かない細菌、いわゆる薬剤耐性菌は世界的な脅威になっている。新しい抗菌薬の開発は簡単ではない。候補となる分子は無数にあり、人力での探索には限界がある。

ペンシルベニア大学のCésar de la Fuente研究室は、この探索作業にCodexとChatGPTを組み込んだ。対象は現生生物のゲノムだけではない。絶滅した生物のゲノム配列まで解析し、薬剤耐性感染症に効く可能性のある抗菌薬候補を洗い出しているHow a researcher uses Codex and ChatGPT to search for new antimicrobial molecules。

膨大な配列データから候補分子を絞り込む作業は、コード生成と自然言語での仮説検討を行き来する必要がある。ここにAIコーディング支援と対話型AIを組み合わせる意味がある。研究者は仮説を言葉で試し、コードで検証し、また言葉に戻る。この往復を高速化できることが、探索範囲を広げる原動力になっている。

ヒトゲノムの全変異を予測する地図

もう一つの動きが、遺伝子変異の影響を丸ごと予測する試みだ。Google DeepMindはAlphaGenome Atlasを公開した。ヒトゲノムで起こりうる約90億個の一塩基変異について、それぞれがどんな分子的影響を及ぼすかを予測したデータセットであるAlphaGenome Atlas predictive map of every DNA letter change in the human genome。

データ量は約1ペタバイト。タンパク質の立体構造予測で知られるAlphaFold Databaseの30倍以上の規模になる。収録されているのは、ヒトとマウスの数百種類の細胞・組織にわたる変異の影響予測だ。加えて2,500種類を超える反復DNA配列モチーフの位置情報も含まれている。

予測の中核となるのがAlphaGenome Variant Impact(AVI)スコアだ。これはAlphaGenomeの予測と、タンパク質を変化させる変異を評価するAlphaMissenseの予測を統合した指標で、タンパク質をコードする領域と、それ以外の非コード領域の両方に適用できる。ゲノムの9割以上を占める非コード領域は、これまで「意味が読み取りにくい」領域とされてきた。そこに数値として比較可能な評価軸を与えた点が、この地図の実用性を左右する。

AlphaGenome Atlas のデータ規模と収録内容
一塩基変異の予測数 約 90億 個 ヒトゲノム全域のDNA塩基変化の影響を予測 データセット規模 約 1 PB (ペタバイト) AlphaFold DB の 30倍以上 のデータ量 収録対象(細胞・組織) 数百 種類 ヒトおよびマウスの多種多様なサンプル 反復DNA配列モチーフ 2,500 種類超 ゲノム上の配列モチーフ位置情報を収録 一塩基変異の予測数 約 90億 個の変異を予測 データセット規模 約 1 PB (ペタバイト) AlphaFold DB の 30倍以上 のデータ規模 収録対象(細胞・組織) 数百 種類 (ヒト・マウス) 反復DNA配列モチーフ 2,500 種類超 (位置情報)
※AlphaGenome Atlasは、ヒトゲノムにおける全DNA塩基変化の分子生物学的影響を網羅的に予測したデータセットです。

地図が実際に見つけたもの

公開された予測は研究向けの無料ウェブポータルとAPI、Google Antigravityのスキルとして提供されている。使われ方の実例はすでに出ている。

GREGoR Consortiumとの共同研究では、AVIスコアが未解決の希少疾患に関わる候補変異を優先順位付けし、DNM1という遺伝子に影響する変異を特定した。AlphaGenomeの予測は、この変異が異常なスプライス部位を作り、通常より長いタンパク質を生成することを示し、その後の実験スクリーニングで裏付けられた。

もう一つの検証は規模が大きい。英国バイオバンクの参加者5万4,000人超の全ゲノムデータを使い、希少な非コード変異を分子影響ごとにグループ化したところ、検出可能な遺伝的関連が22%増加した。BMIに関する研究では、AlphaGenome Atlasが影響が大きいと予測した非コード変異の上位1%に絞り込むことで、19の遺伝領域が特定されている。人力で全変異を一つずつ検証していては到達しにくい効率だ。

仕事や生活にどうつながるのか?

抗菌薬探索とゲノム予測、この二つは別の技術に見えるが、共通点がある。どちらも「候補を絞り込む」作業をAIに任せることで、人間の専門家が検証と判断に集中できる体制を作っている点だ。

読者にとっての意味は二段階ある。まず短期的には、新薬候補の発見速度が上がり、薬剤耐性感染症のような治療の選択肢が乏しかった領域に動きが出る可能性がある。次に中期的には、希少疾患の診断で「原因不明」とされてきたケースに、非コード領域の変異という新しい説明がつく事例が増えていく。DNM1の発見はその一例だ。

一方で見過ごせない論点もある。個人のゲノムデータをどこまで解析し、誰がその予測結果にアクセスできるのかという扱いの問題だ。AlphaGenome Atlasは学術研究向けの無料公開という形を取っており、臨床応用にはまだ距離がある。予測精度が上がるほど、そのデータをどう管理するかという設計が並走して問われることになる。

まとめ

AI創薬の現在地は、化合物探索とゲノム解析の両輪で「候補を絞る」段階まで進んだところにある。社会人がまず押さえるべきは、この技術が薬そのものを作るのではなく、専門家の検証対象を絞り込む役割を担っているという構図だ。次のニュースを追うときは、公開データが誰にどう使われ始めるかに注目したい。